第3章 カトリック教育の果実

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展示品5
聖心女子学院のバナー

「聖マグダレナ・ソフィア・バラと日本の子どもたち」のバナー(左:表面 / 右:裏面)

「聖心(みこころ)」のバナー(左:表面 / 右:裏面)

祝日や祝典などの際に行われた行列で用いられていたもの。

聖心女子学院でも、1919年(大正8年)6月27日聖心の祝日、「ご聖体」(キリストの神秘的な体とされるパン)を称える「聖体行列」が初めて行われました。これは日本のカトリック学校で最初に行われた聖体行列でした。それ以来、様々なお祝いのたびに行列が行われてきたのです。

聖心女子大学でも、卒業式にあたり灯火(トーチライト)を掲げる「トーチライト・プロセッション(灯火の行列)」が行われていました。その後、行列は行われなくなりましたが、今でも卒業週間の行事にその名を残しています。

聖心女子学院で行われていた「聖体行列」の様子(第二次世界大戦後)(『みこころ會々報』第70号より)

展示品6
暁の星の聖母像 (カトリック片瀬教会蔵)

聖画「暁の星の聖母」

(カトリックの画家木村圭三よる模写)

「暁の星の聖母」複製画

(教皇ベネディクト15世の署名入)

教皇ベネディクト15世は1918年に、
この絵に向かって「暁の星の聖母の祈り」
を唱えるたびに300日の贖宥(罪の償い)を
与えるとした。

聖画「暁の星の聖母」(展示品)について

マリア会が創設した学校の校名は、暁星(東京)、海星(長崎)、明星(大阪)などがありますが、いずれも聖母マリアの別名に由来しています。マリア会とはその名の通り、聖母マリアをキリストに従った人間の模範として仰ぐ修道会だからです。

この絵は、山本信次郎がイタリア駐在武官を務めていた1917年にイタリア人の女性画家ルイザ・ムッシーニ(1865-1925)に依頼して描かせたものです。この絵を元に複製やカードが作られ、ローマのマリア会学院の校長エルネスト・モーリスが作った「暁の星の聖母の祈り」を添えて、日本でのキリスト教の布教の進展のためにフランスを中心に広められました。さらに、暁星の後輩の岩下壮一も1919年からのヨーロッパ留学中に、この運動を引き継ぎ、5ヶ国語のカードを作成して、世界中に配布しています。この絵を通して、世界中の人々が日本におけるキリスト教の広がりを祈ったのです。

(図1)ルイザ・ムッシーニ「暁の星の聖母」(1905年以前オーストラリアのVIctoria University 所蔵)

この絵によく似たムッシーニの作品「暁の星の聖母」(図1)が知られており、元の絵で聖母子の下に広がる風景を富士山を中心とするものに置き換えたものです。その富士山の姿は、手前の湾や島の形などから沼津の獅子が浜から見たもの(図2)であることが特定されており、またモチーフが日本画家小原古邨の描いた「西伊豆の帆掛け舟」(図3)に酷似していることから、その絵を参考にしたのではないかと推定されています。

(図2)獅子が浜から見た富士山(個人撮影)

(図3)小原古邨「西伊豆の帆掛け舟」(1900年)パブリックドメイン

暁の星の聖母の祈り

ああ、輝ける暁の星なる聖マリアよ、御身はかつてさきがけとして地上に現れ、
正義と真理との太陽なるイエズスのご出現近きを示し給いしものなれば、
願わくは、御身の温和なる光をもっても日本国民を照らし、
速やかにかれらの心の靄をひらきて、永遠の光明なる御子、
我らの主イエズス・キリストを正しく認むるに至らしめ給え、アーメン。