はじめに
世界で最も多くのイスラーム教徒が暮らす国をご存じでしょうか。中東を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、実は東南アジアのインドネシアです。インドネシアでは、イスラーム教だけでなく、キリスト教(カトリック・プロテスタント)、ヒンドゥー教、仏教、儒教(主に華人系住民の間で信仰される)など、さまざまな信仰をもつ人々が暮らしています。
近年の社会状況を見ると、宗教が異なれば価値観や生き方も異なり、ともに生きることは難しいのではないか、という印象を抱きがちです。果たしてそれは妥当な理解なのでしょうか。本展示では、日本人にも人気の観光地であるインドネシア・バリ島を出発点に、宗教の異なる人々がともに暮らす日常のあり方や、互いのかかわり方を探ります。
この展示は、インドネシアで長年フィールドワークを行ってきた三人の人類学者(展示順に、岩原紘伊、吉田ゆか子、増野亜子)の研究をもとに構成されています。岩原はバリの先住民コミュニティを、吉田はジャカルタに暮らすバリ・ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の共生を、そして増野はバリ島におけるイスラーム教徒とヒンドゥー教徒との共生を取りあげます。
辞書で「宗教」を引くと、「神・仏などの超越的存在や聖なるものにかかわる人間の営み」(大辞泉)と説明されています。つまり、日本語における宗教の理解は、超越的存在や聖なる事物への関わりを広く含む概念であり、その範囲は必ずしも明確に限定されていません。では、このような宗教観はどの社会にも当てはまるのでしょうか。展示の舞台であるインドネシアでは、オランダからの独立後、「宗教とは何か」をめぐってさまざまな議論が重ねられてきました(相澤 2013)。冒頭で述べたように、インドネシアは世界で最もイスラーム教徒が多い国ですが、イスラーム教が国教とされているわけではありません。イスラーム教徒が人口の多数を占めながらも、宗教の平等性が制度上認められています。
インドネシア語で宗教は「agama(アガマ)」といいます。現在インドネシアでagamaとされているのは、イスラーム教、キリスト教(プロテスタント、カトリック)、ヒンドゥー教、仏教、儒教の六つ。これらは国家が定めた公認宗教です。たとえば、神道やユダヤ教を信仰していても、それは国家の枠組みにおいては「宗教」とはみなされません。公認宗教以外の信仰体系は「信仰(kepercayaan)」と呼ばれ、文化の一部として扱われてきました。
ただし、本展示で強調したいのは、たとえそれが公認宗教であっても、人々がその信仰に対して画一的に向き合っているわけではないという点です。土地や状況に応じて、異なる信仰をもつ人々との関係の築き方や実践の仕方は多様です。そこには、宗教の違いを前提としながら共に生きることが社会の中で当たり前となってきたインドネシアの人々の、日常をやり過ごすための技法を見ることができるでしょう。
日本では、宗教という言葉は身近にありながらも、宗教的実践が日常の中で強く意識される場面は必ずしも多くありません。しかし近年のグローバル化により、これまでなじみの薄かった宗教に触れる機会は確実に増えています。そうした出会いをどのように受け止めるのか。本展示がその手がかりとなることを願っています。
人類学という学問が、宗教にアプローチする意義はどこにあるのでしょうか。人類学とは、異文化(現場)のなかに身を置き、人々の日常の言動や振る舞いからある現象を理解しようと努める学問です。
近年の人類学による宗教研究の一つの軸として「宗教性」という概念があります。宗教性というのは、宗教があるから宗教実践があるのではなく、逆に宗教性があるからこそ、それらが集合的に「宗教である/になる」と考えていくことです(長谷 2021)。
私たちは宗教と聞くと、創始者がいて、教団があり、教義に忠実に従う信徒がいると考える傾向があります。しかし、例えば日本人が普段神道の信徒であると考えていなくてもお正月に初詣に出かけたり、神社のお祭りに参加したりするように、本来宗教的な性質を持つ実践も「宗教」として明確に意識されないことは多々あります。それは、こうした行為が、日常に埋め込まれている行動だからではないでしょうか。
このように、日常に視点を向けることで、定義に縛られず、多角的に宗教と人々の関係を紐解くことが可能になる。そう考えて人類学者は「宗教性」に目を向けるのです。本展示は単純にインドネシアの宗教を紹介するものではなく、宗教を超えた「共生」が重要なテーマです。共生は、「共に暮らすこと」を意味します。インドネシアでも、暮らしのなかで宗教そのものは常に前面に出ている訳ではありません。
とはいえ、日常のなかで宗教性を帯びた実践は少なからず存在します。モスクや教会、寺院で祈祷したり、教えを乞いたりする宗教実践は境界がはっきりしていますが、宗教性という誤解を恐れずに言えば少し「曖昧」な部分が残るからこそ、人々がかかわりうる余地がそこに生まれるのではないでしょうか。
そのため、本展示では、日常に目を向けることで、多宗教国家インドネシアで人類学者が出会った宗教をめぐるグラデーションを表現していきます。
それでは、インドネシアへの旅に出発しましょう。