多宗教国家インドネシア
日本から直行便でインドネシアの首都ジャカルタまで約7時間。一見遠く感じますが、外務省の推計によれば、インドネシアには約1万5千人の日本人在留者がいます(2024年時点)。また2024年には33万人の日本人がインドネシアを訪れており(インドネシア中央統計庁)、日本にとって身近な東南アジアの国の一つです。
1950年にオランダからの独立を達成したインドネシアは、約1万7千の島々からなる島嶼国家です。国名は、ギリシア語のIndos(インド)とNesos(島)を組み合わせたもので、「インドの諸島」を意味します(加納
2012)。総面積は約190万平方キロメートルで、日本の約5倍。人口は約2億7千万人にのぼり、首都ジャカルタを擁するジャワ島に人口が集中しています。
独立以前、現在のインドネシアにあたる地域は「オランダ領東インド」として、17世紀初頭のオランダ東インド会社(VOC)の進出以降、オランダの支配下に置かれていました。一方、この地域には植民地化以前から多様な王国やスルタン国が存在し、人々はそれぞれの地域社会に帰属意識を持っていました。19世紀後半以降、オランダ支配への反発が高まり、20世紀初頭には民族運動が展開されるようになります。1928年の「青年の誓い(Sumpah Pemuda)」では、「一つの祖国、一つの民族、一つの言語(インドネシア語)」という理念が掲げられ、初めて統一的な国民意識の枠組みが明確に示されました。
1万7千の島々のうち居住島は約6千とされています。この地理的多様性を反映するかのように、インドネシアでは現在も500以上の言語が話されています。そのうち少なくとも14言語は話者数が100万人を超えるとされます(森山 2009)。また、2000年の国勢調査では1,071の民族集団が確認されています(長津 2012)。これらの数字は、インドネシアという国家がいかに複雑で多層的な社会的・文化的構成を持っているかを示しています。
オランダからの独立後、多様な人々をいかに一つの国家の国民として統合するかが大きな課題となりました。そのために掲げられた理念が、古ジャワ語のBhinneka Tunggal Ika(ビネカ・トゥンガル・イカ)です。これは「多様性の中の統一」を意味し、現在もインドネシアの国是とされ、国章に刻まれています。
このように、インドネシアという国は、地理・言語・民族の多様性を前提として成立しています。それを踏まえると、宗教や信仰のあり方もまた多様であることは想像に難くありません。実際には、国家が公認する宗教と並行して、各地域・各民族集団では土着の信仰が息づいています。また、公認宗教であっても、それぞれの地域の文化の中で土着化してきました。
多様性の中の統一を促進する国家的プロジェクトとして、ジャカルタ東部に建設されたのが「Taman Mini Indonesia Indah(タマン・ミニ・インドネシア・インダー)」です。1975年に開園し、年間数百万人が訪問します。この文化テーマパークには、インドネシア各州(現在は38州)を代表するパビリオンが設置されています。各パビリオンでは、伝統家屋や民族衣装、工芸品などが展示され、地域文化の多様性が視覚的に表現されています。この公園は、「多様性の中の統一」という国家理念を空間的に体現する場となっています。
インドネシアでは現在6宗教が公式に認められていますが、国民が所持するIDカード(KTP)には信仰する宗教も記載されます(近年は制度上、空欄も可能)。制度上、何らかの宗教を信仰することが前提とされており、日本でしばしば耳にする「無宗教」という考え方は一般的ではありません。
4〜5世紀頃から、インド文化(ヒンドゥー教・仏教・サンスクリットなど)が交易を通して東南アジアに徐々に広まり、ジャワ島でもその影響が見られるようになります。世界文化遺産に登録されている中部ジャワのボロブドゥール寺院(仏教寺院)は、8〜9世紀に建設されました。その後、13世紀頃からイスラーム教が広まり、16世紀にヨーロッパ勢力が進出するとキリスト教も伝えられました(石澤・生田 1998)。
インドネシアという国の成り立ちを考えるうえで、「パンチャシラ(Pancasila)」という重要な建国理念があります。パンチャシラは、「唯一なる神への信仰、公正にして礼節に富む人道主義、インドネシアの統一、代議制における英知に導かれる民主主義、すべてのインドネシア国民にとっての社会的公正」という5つの原則から成立しています。パンチャシラのもとで宗教的平等が掲げられ、その一つの表れが祝日制度であり、公認宗教に関わる祭日が国民の祝日として定められています。
日本に暮らしていると、日常生活の中に宗教的要素を強く意識する場面はそれほど多くありません。しかし、インドネシアでは宗教実践が制度的にも社会的にも前提とされており、信仰の異なる人々が隣り合って暮らすことも珍しくありません。では、そのような日常はどのように成り立っているのでしょうか。ここからは、日本にもなじみ深いバリ島を最初の手がかりとして、その実践を見ていきましょう。
scholar's notes
ヒンドゥー教寺院であるプランバナン寺院を訪れるイスラーム教徒の女性。